「世界は西洋の偽善を恋しがるだろう」
(Foreign Affairs:2026/01/29)
世界は「偽善」で満ち溢れ、それは不正義を隠蔽もしていたが、一方でそれなりの国際秩序構築の役には立っていた。トランプ外交はそんな正義感や普遍的価値などを堂々とかなぐり捨てて、ひたすら自国の利益を剥き出しに追求し始めた。これは「偽善」の悪い面をぶち壊すが、国際秩序に役に立っていた面もぶち壊してしまい。世界を不安定にするという話。喰い物にされてきたアメリカの気持ちも分からないではないが、本当の敵はどこにいるのか?それを隠したトランプ批判にForeign Affairsらしさを感じる。曰く、
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・今月のダボス会議(※これまでのグローバリスト決起大会から少し論調が変わったという話ですが)で、カナダ首相(マーク・カーニー)が「過去数十年に亘り、西洋は誰もが偽善とは知りつつ導入してきたルールで繁栄してきた。アメリカはそんなダブルスタンダードではあったが、西側が必要としてた公共財を提供することで何とか容認されていた。しかしもうこれは機能しなくなった。」と発言した。
・トランプ大統領のアメリカは、そんなルールだけでなく、それを尊重するフリすらしなくなった。根本的に何かが変わった。カーニーは気付いていないようだが、偽善が消えると、それにつれて他のものまでも消えてしまう。強大な国がもはや、自らの行為に対して道徳的に正当化する義務を感じなくなる世界は(※偽善が消えるという意味で)誠実なのではなく、より危険なものである。
・偽善は二つの役割を持っていた、大国間に不公平感や不信感もたらす一方で、国家が道徳的に自らを縛ることでその力に制約を課してきた。ただアメリカは「民主主義」だの「人権」だのという言葉で国際秩序維持に対して主導的役割を話してきたが、その行動はそんな理想には遠く及んではいなかった。
・偽善がもたらす制約は常に不完全で、アメリカは依然として優勢でしたが、正当化する義務、少なくとも原則的な行動の外観を維持する義務が摩擦を生み出した。それは弱い国に抵抗する言質を与え、大国の行動に説明責任を負わせることが出来た。その答えが完全ではないものであったとしても。
・しかしその力学は最近弱まっている。以前の政権は法、正当性、普遍的価値観といったの言葉で、アメリカの権力を隠していたのに対して、今の政権は外交政策を「率直」で「取引的な言葉」で説明している。この変化はトランプの第一期から、その兆候を見て取れる。二期目になって「正当化」すらしなくなった。例えば、トランプがデンマークを含むECの7ヶ国に関税をかけると脅したのは領土交渉への譲歩を引き出す為と明確に語っていたし、国際刑事裁判所への制裁(2025年2月)は、盟友のネタニヤフ首相を調査したためであり、「習近平が台湾に侵攻する可能性」を問われた際に「そんな侵攻は私を不快にさせるが、その決定は習近平次第だ」と答えただけであった。
・こんな動きには当然代償が伴う。大国は自国の利益のためだけに制裁を課すことができる。例えば2025年8月、トランプはインドが貿易協定を破ったからではなく、パキスタンとの緊張時に調停の申し出を拒否されたことに対しての個人的憤慨を理由にインドに50%の関税を課した。このようなシステムでは、国際政治は紛争交渉の言語を失い、強力な当事者が勝手に結果を決められるようになっています。世界全体のシステムをはるかに不安定なものに変えてしまう。
・トランプはドイツへの圧力を取引としてあからさまに表現してきた。関税は交渉材料として正当化され、二次制裁の脅威はエネルギー政策に結びつけられ、安全保障の約束は保護サービスとして再構築された。ドイツの対応策は、米国への依存を減らし、欧州の産業政策を倍増させ、エネルギーと防衛の自律性に投資し、他国とのパートナーシップを多様化することでした。ドイツはワシントンへの依存が脆弱性となっていた。
・カナダに対して、トランプは51番目の州になれと脅しをかけて、アメリカに有利なエネルギー政策を要求している。カナダもアメリカ依存を減らそうとしている。
・道徳的正当化の放棄は単に米国の優位性を損なうだけではない。それはアメリカのパートナー間関係の戦略的多様化を引き起こし、かつてのワシントン支配の体制を解体してしまう可能性がある。「原則」を失うことで、アメリカは自らの権力の行使を他国に受け入れられるものにする能力を失う。
・偽善の消失は進歩と誤解されることがある。それは「正直」への傾向、「二重基準」「見せかけ」「自己欺瞞」の終わりに感じられるかもしれない。しかし、偽善は現在解体されつつある国際秩序において構造的な役割も果たしていた。共有された原則の名の下に行動すると主張することで、強大な国家はやや劣勢な立場に置かれ、弱い国に交渉力を与え、同盟国が非対称を崩壊せずに管理できるようにし、支配を他国が受け入れられるものに変えた。たとえ他国がそれを嫌っていても。
・ルールに基づく秩序は、言われるほど原則的ではなく、偽善はしばしば権力を制約するが、一方で不正義を隠していた。しかし、普遍的価値の名の下に行動しているふりをすることで、強大な国家はその価値観が重要であることを認めたという面もある。しかし、この「権力抑制」を失うと、紛争がより頻繁になり、抑えるのが難しくなる。偽善逆説であろう。
